頭部外傷
転倒や転落、事故、スポーツなどによって頭部に外力が加わり、脳や頭蓋骨、頭皮などに損傷が生じる状態を指します。皮下血腫や挫傷程度の軽症例が多い一方で、脳震盪、頭蓋骨骨折、急性硬膜外血腫、急性硬膜下血腫、脳挫傷など、時に生命を脅かす重大な疾患につながることがあります。特に高齢者では、軽い外傷でも慢性硬膜下血腫を発症し、数週間から数か月後に頭痛や意識障害、歩行障害などを引き起こすことがあります。
では、頭を打った時すぐに受診すべきか、様子を見るべきか、何を基準に判断すべきでしょうか。汚染している傷は、水道水で丁寧に洗浄します。出血している場合は、清潔なガーゼやタオルで圧迫してください。止血できないようなら速やかに受診してください。頭痛や吐き気、手足の痺れなどを自覚して不安な時は受診することをお勧めします。早期の対応が予後を大きく左右します。意識障害や痙攣、手足の麻痺、言語障害が生じた場合は、直ちに救急要請してください。
小児の頭部打撲も同様です。保護者の方から見て、様子がおかしい、普段と違うと感じる時は早急に受診してください。たとえ軽微な頭部打撲であっても、受傷後24時間以内はご家庭で慎重に観察してください。室内で静かに過ごし、お風呂に浸かるのは控えましょう。
当院では、受傷契機を詳細にお聞きしたうえで必要に応じてCTやMRIを実施し、見逃しのない診断を心がけています。些細なことでもご心配でしたら、遠慮なくご相談ください。
頭部外傷(各論)
頭部外傷は、損傷の部位や性質によって以下のように分類されます。
- 脳震盪
- 脳挫傷
- 急性硬膜外血腫
- 急性硬膜下血腫
- 慢性硬膜下血腫
- びまん性軸索損傷
特定の状況や患者群において注意が必要な病態は以下のとおりです。 - 高齢者頭部外傷
- スポーツ関連頭部外傷
- 急性硬膜下血腫
-
外傷性クモ膜下出血
急性硬膜外血腫
脳震盪
脳震盪は、「脳の構造的損傷を伴わず、一過性の意識障害、健忘、または精神状態の変化を主徴とする軽度の外傷性脳損傷」と定義されます。CTやMRIの画像検査では異常所見を認めないことが大きな特徴です。
主な症状・徴候
- 短時間(数秒から数分)の意識消失または意識混濁
- 外傷直後の健忘(特に逆行性・前向性健忘)
- 混乱、見当識障害
- めまい、ふらつき、頭痛、嘔気・嘔吐
- 視覚障害(二重視、視野のぼやけ)
検査・診断方針
- 神経学的診察と詳細な問診(受傷機転、健忘、意識消失、吐き気・嘔吐の有無)
- 頭蓋内病変が疑われる場合(高齢者、抗凝固薬内服中、持続する頭痛や嘔吐、意識レベル低下など)、迅速にCT検査を実施
治療・管理
- 慎重に経過観察。必要に応じて短期の入院観察
- 活動制限(身体的・認知的安静)
予後と合併症
- 多くは数日から1週間以内に自然回復
- 5〜20%程度で 脳震盪後症候群(頭痛、めまい、集中困難、抑うつなど)が出現し、数週間〜数ヶ月続くことがある。
- スポーツ外傷ではsecond impact syndrome(連続する脳震盪により重篤な脳浮腫・致死的経過をとる稀な病態)に注意。
脳挫傷
頭部外傷により脳実質が直接損傷を受け、脳組織の挫滅、出血、浮腫を伴う病態です。
脳表面(特に前頭葉・側頭葉の底面部)が骨に衝突することで起こることが多く、CTやMRIで出血や浮腫の所見が確認されます。24~72時間以内に出血拡大することがあり、繰り返しの画像検査にて慎重な管理を要します。重症例は手術が必要となる場合があり、早期発見と適切な脳圧管理が鍵となります。
主な発生機序
- 外力による加速・減速損傷(例:自動車事故、転倒)
- 骨の内部構造(前頭蓋底・中頭蓋窩の骨突起)に脳が衝突
- coup injury(直達損傷)、contrecoup injury(反対側損傷)の両方で発生
臨床症状
- 意識障害(軽度から昏睡まで)
- 頭痛、嘔気・嘔吐
- 局所神経症状(片麻痺、失語、視野障害など)
- けいれん発作(受傷直後〜数日以内)
- 徐々に悪化する場合があるので繰り返しの評価が重要
治療・管理方針
保存的治療
- 安静、脳圧管理
- 抗けいれん剤投与(治療または予防的)
- 頭蓋内圧亢進の徴候に注意(頭痛増悪、嘔吐、意識レベル低下、瞳孔不同
手術適応
- 脳内血腫拡大や脳浮腫の増強
- 意識レベル低下や局所神経症状の増悪
- 頭蓋内圧コントロール不能
急性硬膜外血腫
頭蓋骨骨折などによって、脳を覆う硬膜と頭蓋骨の間に出血が生じる病態です。主な出血源は中硬膜動脈やその分枝です。出血によって血腫が急速に拡大し脳を圧迫するため、早期の診断と外科的治療が重要です。
発生機序
- 多くは頭蓋骨骨折に伴う中硬膜動脈損傷
- 骨折のない静脈性出血によるケースも稀にある
- 外傷直後は意識清明だが、血腫拡大すると急速に症状が悪化することが特徴
臨床症状
- 頭部打撲後、一時的に意識が回復した後、再び意識障害が進行
- 頭痛、嘔吐
- 瞳孔不動、片麻痺
- 意識障害の進行は急速で、時間単位での変化が見られることもある
治療・管理方針
- 緊急外科的治療が基本
- 血腫除去術、出血部の止血
- 血腫量が少なく症状がなければ保存的治療の選択も可能だが、経時的な画像検査ならびに意識状態や神経症状を慎重に観察することが必要
予後と注意点
- 早期診断・治療で良好な予後が期待できる
- 治療が遅れると急速に脳ヘルニアが進行し死亡率が高い
- 小児や若年者に比較的多く、外傷歴や一過性の意識消失・回復後の経過に特に注意が必要
急性硬膜下血腫
頭部に強い外力が加わり、脳を覆う硬膜とくも膜の間(硬膜下腔)に血腫が急速に貯留する状態です。脳表の架橋静脈や皮質動脈の損傷が主な原因です。急性硬膜下血腫は頭部外傷後に脳を圧迫し、生命を脅かす病態です。早期しんだんと迅速な外科治療が救命の鍵であり、出血量だけでなく脳損傷の程度も予後を左右します。
発生機序
- 回転加速度により脳の移動が起こり脳表の架橋静脈が破綻して出血することが多い
- 高齢者では、脳萎縮によって架橋静脈が伸展しており、軽微な外相でも発症しやすい
- 脳挫傷やくも膜下出血、びまん性軸索損傷を合併することも多く複雑な病態が多い
臨床症状
- 外傷直後からの意識障害が典型的
- あるいは数時間以内に意識レベルが低下していく進行型
- 局所神経症状(片麻痺、瞳孔不同)
- 頭痛、嘔吐、けいれん
治療・管理方針
- 開頭血腫除去術が治療の中心
- 必要に応じて減圧開頭術を追加
- 保存的治療は軽症例に限られるが、慎重な経過観察と繰り返しCT評価が必要
予後と注意点
- 単純な硬膜外血腫より予後は厳しい
- 合併する脳挫傷やびまん性脳損傷の程度が予後に強く影響
- 高齢者や抗凝固療法中の患者はハイリスク
- 初期の意識障害が深刻なほど予後不良
びまん性軸索損傷
交通事故や転落、スポーツ外相などによる強い加速。減速力、回転力によって脳内の軸索が広範に損傷される病態です。出血が主体ではなく、主に軸索そのものの断裂や機能障害により神経伝達が失われ、重篤な意識障害を引き起こします。診断にはMRIが重要です。得意的治療はないため、集中治療と長期的なリハビリが治療の柱です。
発生機序
- 頭部に加わった急激な回転性の力により、軸索が引き伸ばされて損傷
- 脳の比重が異なる灰白質と白質の境界部、脳幹、脳梁、内包などに好発
- 交通事故(シートベルト非装着の衝突事故やバイク事故)が典型例
臨床機序
- 外傷直後からの深昏睡が典型的
- 脳幹反応の消失(対光反射、眼球運動異常)
- 除脳・除皮質硬直
- 一部軽症例では記憶障害や注意障害、認知機能障害、運動障害のみで経過することもある
治療・管理方針
- 血圧・呼吸管理、頭蓋内圧管理が中心
- 意識回復には時間がかかることが多く、長期リハビリテーションが必要
- 重症例では植物状態や重度の後遺障害を残すことが少なくない
予後
- 軽症例では意識回復し自立歩行
- 中等症〜重症例では長期的な意識障害、植物状態、高次脳機能障害、運動障害が残存する
- 早期からの集中的リハビリが必要
慢性硬膜下血腫
頭部外傷後に硬膜と脳の間に出血が徐々に貯留し、数週間から数ヶ月かけて慢性化した病態です。高齢者に多く、軽微な頭部外傷後に発症することが特徴です。
発生機序
- 軽微な頭部外傷によって架橋静脈が破綻
- 血腫が硬膜下腔にゆっくりと貯留
- 血腫内での線溶亢進や被膜血管からの再出血により、血腫が増大
- 高齢者では脳萎縮により架橋静脈が牽引されやすく、また抗血栓薬の内服がリスクを高める
臨床症状
- 発症は外傷後数週間〜数ヶ月が多い
- 頭痛、認知機能低下、記憶力低下
- 易怒性、性格変化、尿失禁
- 片麻痺や失語などの局所神経症状
- 意識障害(高度な場合や急激に増大した場合)
治療・管理方針
- 無症候・軽症例:保存的治療
- 有症候・中等度以上:外科的治療
→尖頭血腫除去術が第一選択
→再発例では尖頭術の再施行 - 高齢者では抗血小板薬・抗凝固薬の管理が重要
合併症・再発
- 再発率は10~20%程度
- 血腫被膜からの再出血が主因
高齢者の頭部外傷
特徴
- 原因は転倒が最多(筋力の衰えやバランス機能の低下により転倒・転落しやすくなる、自転車による転倒も多い)
- 抗血小板薬や抗凝固薬を服用中の場合、出血リスクが高まる
- 脳萎縮により慢性硬膜下血腫を発症しやすい(外傷後数週間〜数ヶ月後に症状出現)
- 軽微な頭部打撲であっても、徐々に症状が出現する場合があり注意が必要
- 頭部打撲した場合、症状の有無に関わらず医療機関を受診することをお勧めします
- ご家族も注意深く経過観察し、気になる症状がある場合は受診を促してください
- 頭痛や嘔気、ふらつき、活気がない、認知機能低下、手足の脱力、失禁、傾眠などの症状が生じた場合は、直ぐに医療機関を受診することが必要です
小児の頭部打撲
小児が頭部外傷を起こしやすい原因として、体の割に頭が大きいという身体的特徴や位置感覚把握能力の未熟さ、興味の対象に意識が集中しやすく危険予知能力が乏しい、遊びや運動中に無防備になりやすいことなどがあげられます。
特徴
- 子どもは頭が大きく重心が上方にあるため、頭から転倒しやすい
- 年少児では、転倒・転落が最多(ベッド、ソファ、階段、遊具、抱っこ中)
- 学童期では、自転車事故、スポーツ外傷、交通事故によるものが増加
- 頭部の軟部組織が薄く剥れやすいことから、血腫(たんこぶ)ができやすい
- 頭蓋骨が柔らかくて薄く、陥没骨折を起こしやすい
- 架橋静脈が細く脆いため、硬膜下血腫を起こし得る
子どもが頭部打撲した場合、保護者は、24~48時間は注意深く観察することが重要です。夜間も数時間毎に様子を観察してください。起こして呼びかけに応じるか確認するのが望ましいでしょう。
以下のような症状が見られた場合は、直ぐに医療機関を受診してください。
緊急受診が必要な症状
- ぐったりしていて起こしても反応が鈍い、会話が成り立たない
- 繰り返し嘔吐する
- けいれんを起こした
- 手足の動きが悪い、動きに左右差がある、ふらつく
- 視線が合わない、呼びかけてもぼんやりしている
- 頭痛が強くなっていく、泣き止まない、機嫌が極端に悪い
- 耳や鼻から透明な液体や血液が出る
- ぐったりしていて起こしても反応が鈍い、会話が成り立たない
- 繰り返し嘔吐する
上記に該当しなくても心配なことがあれば、受診することをお勧めします。