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認知症

認知症は、一度獲得した認知機能が脳の病気などによって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたす状態をいいます。記憶障害を中心に、思考、判断、言語、見当識などの障害を含みます。
我が国では、高齢化の進展とともに認知症と診断される人が増加しています。65歳以上を対象とした調査によると、2022年時点での認知症の割合は約443万人(12%)、軽度認知障害(MCI ; mild cognitive impairment)は約559万人(16%)で、その合計は1,000万人を超えています。さらに2040年には、認知症の高齢者は約584万人(15%)、MCIは約613万人(16%)にのぼると推計しています。
認知症をきたす主な疾患としては、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症があげられます。

アルツハイマー型認知症

脳内におけるアミロイドβの沈着とタウ蛋白の異常リン酸化を特徴とする神経変性疾患です。①潜行性に発症し緩徐に進行 ②近時記憶障害で発症することが多い ③進行に伴い見当識障害や遂行機能障害、視空間障害が加わる ④アパシーや鬱症状などの精神症状、病識低下、取り繕い反応といった特徴的な対人行動がみられる ⑤初老期発症例では失語症や視空間障害、遂行機能障害などの記憶以外の認知機能障害が前景に立つことも多い ⑥病初期から著明な局所症状を認めることはまれ といった特徴を有します。

疫学

  • 認知症の中で最も多く全体の約65%を占める
  • 女性にやや多く、加齢が最大のリスク因子
  • 発症年齢のピークは70歳代後半~80歳代前半
  • APOEε4保持者は発症リスクが高い
病理と病態
病理変化 説明
アミロイドβの沈着
(老人斑)
β-アミロイドが異常に蓄積し、細胞外に沈着。神経毒性。
タウ蛋白のリン酸化
(神経原線維変化)
タウが過剰リン酸化され、神経細胞内で変性 → 細胞死へ
神経細胞の脱落・脳萎縮 特に海馬・内側側頭葉から進行し、頭頂葉・前頭葉へ波及

主な症状の経過

1. 初期(軽度認知障害=MCI相当)
  • 新しいことを覚えられない(近時記憶障害)
  • 物の置き忘れ、同じ話を繰り返す
  • MMSEで24〜27点程度
2. 中期(日常生活に支障)
  • 認知機能の多領域障害:見当識障害、遂行機能障害、言語障害など
  • 徘徊、妄想(物盗られ妄想)、BPSDの出現
  • MMSEで15〜23点
3. 後期(要介護)
  • 食事・排泄が自立困難、寝たきり
  • 無言・無動、摂食障害、拘縮
  • MMSEで14点以下
画像診断
検査 所見
MRI 両側海馬・内側側頭葉の萎縮(MTAスコア)
SPECT・
FDG-PET※保険適応外
両側側頭・ 頭頂葉および帯状回後部の血流や糖代謝の低下
脳脊髄液検査(CSF) Aβ42低下、p-tau・t-tau上昇(バイオマーカー)
アミロイドPET
(PiB-PET)※保険適応外
前頭葉,後部帯状回,楔前部のアミロイド蓄積
MMSE, 重症度評価に使用

遺伝子検査

APOE(ApolipoproteinE)は、脂質代謝に関与する蛋白質をコードする遺伝子で、ヒトではε2、ε3、ε4の3つのアリル(対立遺伝子)があります。APOE遺伝子ε4は、日本人のアルツハイマー型認知症における遺伝子的危険因子です。ε4 アリルのホモ保有者はε4 アリルのヘテロ保有者より発症リスクが高まることが知られています。ただ、認知症診療ガイドラインによると、APOE 遺伝子多型の通常診療におけるルーチン検査としては現時点で推奨されていません。

APOE遺伝型 発症リスクへの影響 説明
ε2/ε2,
ε2/ε3
リスク低下 神経保護的と言われる
ε3/ε3
(最多)
基準(中間) 全人口の約50~60%がこの型
ε3/ε4, リスク増大 ε4ホモ接合(ε4/ε4)は約10倍の発症リスク
ε4/ε4   上昇

治療

1.薬物療法;認知機能の進行抑制

現在、日本では4種類の治療薬が販売されています。コリンエステラーゼ阻害薬のドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンと、NMDA受容体拮抗薬のメマンチンです。これらは症状の進行を遅らせるものであって、完治させるものではありません。

薬剤 用途 特徴・副作用
ドネペジル(アリセプト) 軽度〜高度AD 吐き気、徐脈、筋痙縮など
ガランタミン(レミニール) 軽~中等度AD AChE阻害+ニコチン受容体作用   吐き気、めまい
リバスチグミン(イクセロンパッチ) 軽~中等度AD 経皮薬あり、皮膚刺激、めまい、便秘
メマンチン(メマリー) 中等度~高度AD NMDA拮抗、BPSDに効果も
2. 行動・心理症状(BPSD ; behavioral and psychological symptoms of dementia)への対応

環境調整、介護者支援、心理社会的アプローチを第一に。
抗精神病薬(リスペリドン、クエチアピンなど)、抑肝散などは慎重に短期間使用

3.最新の治療動向
レカネマブ(Lecanemab)
  • 抗アミロイドβ抗体(免疫慮法)
  • 軽度認知障害~軽度AD対象
  • 2023年より保険適応
  • 副作用;ARIA(アミロイド関連画像異常)、頭痛、浮腫、小出血
ドナネマブ(Donanemab)
  • タウの蓄積抑制効果を含む次世代抗体(海外第3相進行中)
  • 今後アルツハイマー病の疾患修飾治療薬として期待される

脳血管性認知症

脳血管障害によって脳組織への血流が低下・途絶して脳実質が損傷され、認知機能障害を呈する疾患の総称です。脳梗塞や微小出血、白質病変の蓄積などが原因で起こります。
アルツハイマー型認知症に次いで2番目に多く、認知症全体の15~20%を占めます。アルツハイマー型認知症と混在する「混合型認知症」も、特に高齢者で頻度が高いと言われています。

症状

項目 内容
発症様式 急性発症、階段状の悪化、梗塞後の急変などが特徴
症状の特徴 注意障害、遂行機能障害、処理速度低下が初期に目立つ(記憶障害は比較的軽度)
局所神経症状 片麻痺、構音障害、歩行障害、感覚障害などを合併することが多い
情緒・行動変化 易怒性、抑うつ、アパシーなどが早期に現れることがある

認知機能障害を起こすものとして、「せん妄」がありますが、認知症とせん妄は別の異なる病態です。認知症は、記憶・思考・判断・学習能力などの精神機能がゆっくりと進行性に低下する一方、せん妄は突然発症し、注意力や思考力の低下、見当識障害、覚醒(意識)レベルの変動を特徴とします。

分類

分類 内容
多発梗塞型
(マルチインファクト)
皮質・皮質下の複数の梗塞により認知機能が障害される
小血管型(ラクナ梗塞型) 基底核・白質に小梗塞が多発し、情報処理速度や注意障害が目立つ
戦略的単一梗塞型 海馬、視床、前頭前野、帯状回など「認知ネットワーク」の要所の単発梗塞で発症
びまん性白質病変型
(Binswanger病)
脳深部白質の虚血性病変により進行性の認知障害
出血性血管性認知症 微小出血・多発出血が主因(アミロイドアンギオパチー含む)

画像診断

脳血管障害の病歴や臨床症状から脳血管性認知症が疑われるとき、MRIで脳血管障害の病態を評価します。MRI所見の特徴として、ラクナ梗塞、多発皮質梗塞、白質病変、脳血血(深部型、皮質下型)、微小出血などがあげられます。脳梗塞や白質病変、脳萎縮等の評価にはFLAIR画像が有用です。また、T2*画像では微小出血を確認することができます。

治療

原因疾患の治療と脳血管障害の再発予防が中心となります。高血圧・糖尿病・脂質異常症の治療の徹底が必要です。さらには、禁煙・減塩・運動といった生活習慣の管理や指導を行います。脳梗塞の再発予防には、抗血小板薬や抗凝固薬(心原性塞栓症の場合)を投与します。
単独の脳血管性認知症に対する抗認知症薬のエビデンスは限定的です。混合型認知症ではコリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル等)が一定の有効性を示します。

予防

脳血管性認知症の予防は、脳梗塞や微小出血などの脳血管障害を防ぐことに直結します。つまり、「脳卒中予防=認知症予防」ということです。

1. 脳血管リスク因子の管理

高血圧・糖尿病・脂質異常症・心房細動の治療
禁煙指導の徹底、過量飲酒は血圧変動や脳萎縮助長を招くため節酒を推奨

2. 生活習慣改善

有酸素運動、バランス良い健康的な食事(野菜、果物、ナッツ、魚、減塩、低脂肪)、社会的交流の維持(孤立は認知症リスク上昇させる)、認知活動(読書、囲碁、脳トレなど)

3. 脳卒中既往例での薬物療法

抗血小板薬、抗凝固薬、降圧剤、スタチン等

レビー小体型認知症

レビー小体とは、脳の神経細胞にできる「封入体」と呼ばれるものの一種で、αシヌクレインというタンパク質がその主たる構成成分です。レビー小体型認知症では、このレビー小体(αシヌクレイン陽性封入体)の脳内蓄積を特徴とする神経変性疾患です。認知症症状に加え、パーキンソニズム、幻視、認知の変動、REM睡眠行動障害を呈する多彩な臨床像を持ちます。
認知症全体の10~15%を占め、男性にやや多く、平均発症年齢は70歳前後です。

主な臨床症状

病初期には記憶障害が目立たない場合があり、記憶以外の認知機能(注意・遂行機能・視空間認知など)の障害や、レム期睡眠行動異常症、パーキンソニズム、自律神経症状、嗅覚障害、うつ症状などの有無に留意することが早期診断の手がかりとなります。
レビー小体型認知症の中核的症状は、①注意や明晰さの著名な変化を伴う認知の変動、②構成された具体的な繰り返される幻視、③特発性のパーキンソニズムです。これらは、アルツハイマー型認知症の初期には認めることがあまりないため、特に初期のアルツハイマー病との鑑別診断において重要です。

症状 特徴
認知機能の変動
(fluctuation)
日内・日間での注意・意識レベルの揺れ動き
問診での把握が重要
幻視
(visual hallucinations)
明瞭な人・動物・虫などの幻視
患者は内容を詳細に語ることが多い
パーキンソニズム
(parkinsonism)
筋強剛、寡動、小刻み歩行など
左右差は乏しいことも
REM睡眠行動障害
(RBD)
寝言・暴れる・夢の内容を実行するような行動
発症前から出現しうる

診断基準(2017年 DLB Consortium)

中核的臨床特徴(1項目以上で「可能性あり」)
  • 認知の変動
  • 明瞭な幻視
  • パーキンソニズム
示唆的臨床特徴(1項目以上で「可能性あり」)
  • REM睡眠行動障害
  • 抗精神薬に対する重篤な過敏性
  • SPECTまたはPETで基底核のドパミントランスポーター取り込み低下
画像・生理検査による支持所見
  • MIBG心筋シンチグラフィ:集積低下(感度・特異度高い)
  • DaT-SPECT:線条体へのドパミン取り込み低下
  • 脳MRI:後頭葉萎縮軽度、海馬萎縮は軽度(ADとの鑑別に)
  • 脳SPECT・FDG-PET:後頭葉低灌流、帯状回の保たれた血流パターン(cingulate island sign)

薬物療法

症状 治療薬 注意点
認知障害 ドネペジル(国内唯一DLB保険適応) コリンエステラーゼ阻害薬に良好な反応
過量でせん妄の悪化に注意
幻視・妄想 非定型抗精神病薬
(クエチアピンなど)
DLBでは抗精神病薬過敏症があり、リスペリドンなどは原則禁忌
パーキンソニズム レボドパ(低用量) 高用量で幻視悪化やせん妄誘発
慎重投与
REM睡眠
行動障害
クエチアピン、メラトニン、クロナゼパム 夜間の転倒・誤認防止に有効

※注意点
抗精神病薬(特にリスペリドン、ハロペリドール)に対する過敏症で、意識レベルの低下や錐体外路症状の増悪をきたします。生命を脅かす場合もあるため注意が必要です。
ベンゾジアゼピン系薬剤の長期使用により、せん妄・転倒・認知機能悪化のリスクが増加します。
安易なパーキンソン薬の追加で幻視・興奮を助長することがあります。

非薬物療法

  • 環境整備(刺激を減らす)
  • 介護者教育(幻視への共感的対応)
  • 運動療法、認知リハビリテーション
  • BPSDのトリガーを避ける日常生活調整

前頭側頭型認知症

前頭葉または側頭葉を中心とする神経変性疾患で、初期には記憶障害よりも人格変化や行動異常、言語障害が目立つことが特徴です。
認知症全体の約5%以下ですが、65歳未満の若年性認知症では20~30%を占めます。発症年齢は50~60歳が中心で、やや男性に多い傾向があります。
神経病理的には、前頭葉・側頭葉に限局した神経細胞の脱落が見られ、残存神経細胞にはタウ蛋白、TDP-43、FUSなどの異常蛋白が蓄積していることが知られていますが、なぜこのような変化が起こるかは未だ解明されていません。

症状

行動障害
  • 常同行動
    毎日決まったコースを散歩する常同的周遊(周徊)や同じ時間に同じ行為を繰り返し行う時刻表的生活が認められる。
  • 脱抑制・反社会的行動
    礼節や社会通念が欠如し、他の人からどう思われるかを気にしなくなり、自己本位的な行動(我が道を行く行動)や万引きや盗食などの反社会的行動を呈する。
  • 注意の転導性の亢進
    一つの行為を持続して続けることができない注意障害がみられる。
  • 被影響性の亢進
    外的刺激に対して反射的に反応し、模倣行動や強迫的言語応答がみられる。
  • 食行動変化
    過食となり、濃厚な味付けや甘い物を好むような嗜好の変化がみられる。
  • 自発性の低下
    自己や周囲に対しても無関心になり、自発性が低下する。
  • 共感や感情移入が困難となる。
言語障害、意味記憶障害
  • 意味記憶障害
    相貌や物品などの同定障害がみられる。
  • 意味性失語
    言葉の意味の理解や物の名前などの知識が選択的に失われる語義失語が出現する。
    語義失語では、単語レベルでは復唱も良好であるが、物の名前が言えない語想起障害や複数の物品から指示された物を指すことができない再認障害がみられる。
  • 運動性失語
    発語量が減少し、失文法や失構音、失名辞などの運動性失語が潜行性に出現し、発話が努力様で発話開始が困難となる。会話のリズムとアクセントが障害される言語障害は進行性非流暢性失語にて見られる症状であるが、(行動異常型)前頭側頭型認知症においても認められることがある。
その他
  • 筋萎縮や筋力低下を呈することがある。
  • 認知機能障害、運動障害なども認めることがある。

臨床基準(Rascovsky 2011: bvFTDの診断基準)

以下の6項目中3つ以上で「可能性あり」

  • 行動の脱抑制
  • 無関心・無為
  • 共感性の欠如
  • 保続的・常同行動
  • 固定された嗜好・食行動
  • 実行機能低下+記憶・視空間は比較的保たれる

画像所見

  • MRI:前頭葉・側頭葉の萎縮
  • SPECT/FDG-PET:前頭葉・側頭葉の血流低下/糖代謝低下

治療

  • 根本的治療薬はない(現時点で進行抑制薬はない)
  • 対症療法・ケアが中心
症状 治療・対応
行動異常 行動異常 抗精神病薬(クエチアピン等)少量で対応
ただし原則は非薬物的対応が基本
易怒性・抑うつ SSRIが有効なことがある
衝動性・反社会的行動 環境調整、介護者支援、刺激回避が最重要

予後

平均生存期間は診断から6~10年です。死因としては、誤嚥性肺炎、低栄養・廃用症候群があげられます。予後改善のためには、早期から行動異常への対処が重要です。訪問診療や在宅介護、緩和ケアとの連携を要します。また、家族の負担が非常に大きいため介護者支援も欠かせません。

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