脳梗塞
脳血管の閉塞によって脳組織への血流が途絶し、酸素・栄養不足により脳細胞が壊死する病態です。早期に適切な治療を受けないと、生命予後や生活機能に大きな影響を与える疾患です。脳梗塞は、発生機序から分類され、主な病型として、アテローム血栓性脳梗塞、心原性脳塞栓症、ラクナ梗塞があります。
発生機序・主な病型
アテローム血栓性脳梗塞
- 脳梗塞全体の約20~30%
- 頸動脈や脳主幹動脈の粥状効果による血管狭窄・閉塞
- 主な原因は、高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙などによるアテローム硬化、頸動脈・椎骨動脈・脳底動脈の高度狭窄・閉塞、プラーク破綻による動脈–動脈塞栓
- 一過性脳虚血発作の既往があることが多い
- 進行性の経過をとることが多く、急性期の神経症候は重症化しやすい
- 脳底動脈閉塞例では致死的な経過をとることがある
- 高度狭窄・閉塞例では再発リスクが高く、血行再建術の適応評価を要す
- 高血圧・糖尿病・脂質異常症などの基礎疾患の管理及び禁煙指導が極めて重要
- 再発を繰り返すと認知機能低下や寝たきりにつながることもある
心原性脳塞栓症
- 脳梗塞全体の約20~30%を占め、特に高齢化に伴い増加している
- 心臓内で形成された血栓が血流に乗って脳の血管を閉塞させることで起こる
- 心房細動によるものが最も頻度が高い
- 突然発症(数分〜数時間で最大症状に達する)
- 重症例が多い(意識障害を伴いやすい)
- 進行性の経過をとることが多い
- 出血性梗塞が起きやすい
ラクナ梗塞
- 脳梗塞全体の約20~30%を占める
- 高血圧により脳深部穿通枝(直径約50~200μm)が閉塞
- 被殻・視床・内包、橋などに生じる直径15mm以下の小梗塞巣
- 一般に予後良好だが、梗塞部位によっては重度の片麻痺等を生じることがある
- 原則、意識障害は伴わない
- しばしば「軽症」と考えられがちだが、再発率は他の脳梗塞と同等
- 再発を繰り返すとビンスワンガー病(多発性ラクナ梗塞による皮質下血管性認知症)へ進展する場合がある
- 無症候性ラクナ梗塞も将来の認知機能低下リスクを高める
脳梗塞の臨床症状
- 片麻痺、知覚異常
- 構音障害、失語
- 視野障害、高次脳機能障害
- 嚥下障害、ふらつき、めまい
- 意識障害
急性期治療
t-PA静注療法(血栓溶解療法)
- 発症4.5時間以内、治療の適応外項目全てに該当しないこと(非外傷性頭蓋内出血の既往、胸部大動脈瘤解離が強く疑われる、CT/MRIで広範な早期虚血性変化の存在など)
- 4.5時間以内であっても治療開始が早いほど良好な転帰が期待できる。
- 出血性合併症に注意(頭蓋内出血は最も重大なリスクで死亡率を上げる要因
- 治療を受けなかった場合と比べ障害なく社会復帰できる可能性が増加。症候性脳出血を起こすと予後は著しく悪化。
血管内治療(脳主幹動脈急性閉塞に対する機械的血栓回収療法)
- 発症8時間以内が適応
- 頭蓋内血管にカテーテル挿入し、ステント型デバイスや吸引カテーテルを用いて血栓を直接回収・除去
- tPA静注療法と併用する場合もある
- 有効再開率は約8割
- 治療後90日目の社会復帰率は約6割程度
抗血小板療法
血小板の活性化や凝集を抑制し、動脈血栓の形成を防ぐ治療です。特に、非心原性脳梗塞(ラクナ梗塞、アテローム血栓性脳梗塞)、一過性脳虚血発作(TIA)の再発予防に有用です。また、脳主幹動脈狭窄症の二次予防、頸動脈ステント留置後の血栓予防等にも用いられます。抗血小板薬投与による主要血管イベント(脳梗塞、心筋梗塞、血管し)のリスク低下率は22%とされています。
副作用は、消化管出血や頭蓋内出血、アスピリン誘発喘息があげられます。また、クロピドグレルのCYP2C19多型による効果の個人差(日本人は効きにくい遺伝子型が多い)に注意が必要です。
薬剤名 | 作用機序 | 特徴・ポイント |
---|---|---|
アスピリン | COX阻害 → トロンボキサンA₂産生抑制 |
1次選択薬、胃粘膜障害・出血リスクに注意 |
クロピドグレル | ADP受容体(P2Y12) 阻害作用 |
アスピリン不耐例や消化管障害例に有用、CYP2C19代謝依存 |
シロスタゾール | PDE3阻害 → cAMP↑ →血小板抑制、血管拡張 |
出血リスクが低め、特に日本人データ豊富、しばしば高血圧例や糖尿病例に使われる |
プラスグレル | ADP受容体(P2Y12) 阻害作用 |
クロピドグレルより強力、 主に心血管領域で使用、脳卒中では慎重 |
アスピリン+ ジピリダモール |
アラキドン酸代謝経路遮断+cAMP経路強化 | 欧米で使用例あり、日本では一般的でない |
抗凝固療法
血液凝固のカスケード(凝固因子の連鎖反応)を抑制し、血栓形成を防ぐ治療法で、非弁膜症性心房細動を伴う脳梗塞または一過性脳虚血発作の再発予防に用います。心房細動においては、抗凝固療法により脳塞栓症のリスクを約60~70%低下させることができます。
抗凝固薬にはワーファリンと直接経口抗凝固薬(DOAC)があります。
薬剤 | 分類 | 作用点 |
---|---|---|
ワーファリン | ワーファリン | ビタミンK依存性凝固因子(II, VII, IX, X)の合成阻害 |
ダビガトラン | 直接トロンビン阻害薬(DOAC) | トロンビン(IIa)阻害 |
リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン | Xa阻害薬(DOAC) | 第Xa因子阻害 |
ワーファリンの特徴
- ビタミンK拮抗薬
- 効果発現に数日かかる
- 投与量調整にPT-INR(目標値2.0~3.0)のモニターが必要
- 食事や薬剤相互作用の影響を受けやすい
- 出血リスクあり、特に頭蓋内出血に注意
DOAC(直接経口抗凝固薬)の特徴
- ワーファリンに代わる新しい薬剤群
- 効果発現が早い
- 半減期が短いため出血や手術時には有利だが、一方効果が短いため飲み忘れると脳梗塞が起きやすい
- 定期的な血液検査による用量調整が不要
- ワーファリンより出血性合併症の危険性が低い
- 主に非弁膜症性心房細動に適応
- 中和薬があるのはダビガトランのみ
- 腎機能依存性(腎機能障害では禁忌または用量調整)
- 高齢者・低体重者では用量に注意
- ワーファリンに比べ薬価が高い