くも膜下出血
くも膜下出血とは、脳の表面を覆う「くも膜」の下に出血を起こした病態のことです。
日本での年間発症率は、およそ10万人あたり20人といわれています。好発年齢は50〜70歳代で、男性より女性の発症率が全世代で高くなっています。死亡率は30%程度と非常に高く重篤な疾患です。
くも膜下出血の原因は、脳動脈瘤の破裂によるものが大部分を占めます。家系内に脳動脈瘤やくも膜下出血の方がいるときは発生頻度が高くなり、また高血圧、喫煙、過度の飲酒は動脈瘤破裂の可能性を数倍高くするという報告もあります。
1. 疫学
- • 発症年齢:50~60歳代に多い
- • 男女比:女性>男性(約1.5:1)
- • 日本の年間発症率:約10万人当たり20人
- • 死亡率:発症後30日以内に約30~40%
- • 社会復帰率:約30%
- • 遺伝的要因や生活習慣(血圧、喫煙、過度の飲酒など)も発症に関与
2. 原因
- • 脳動脈瘤破裂:80~90%
- • 脳動静脈奇形:約5%
- • もやもや病など
- • 頭部外傷
- • 原因不明
3. 脳動脈瘤の好発部位
脳動脈瘤は血管分岐部の動脈硬化、血流ストレスにより発生・進展します。
- • 内頸動脈:後交通動脈分岐部、眼動脈分岐部、前脈絡叢動脈分岐部、先端部、海綿静脈洞部
- • 前大脳動脈:前交通動脈瘤、末梢部
- • 中大脳動脈:分岐部、末梢部
- • 椎骨動脈:後下小脳動脈分岐部
- • 脳底動脈:先端部、上小脳動脈分岐部、前下小脳動脈分岐部
4. 臨床症状
- • 突然の激しい頭痛
- • 意識障害
- • 嘔吐
- • 項部硬直
- • けいれん
- • 動眼神経麻痺:内頸動脈・後交通動脈分岐部動脈瘤による圧迫症状)
くも膜下出血の頭痛は「これまで経験したことがないほど激しい」と表現されることが特徴的です。朝方の発症が比較的多い傾向がありますが、これは、朝の活動開始に伴い血圧が上昇するためと考えられています。排便期や性行時なども、同様の理由で発症のタイミングになりやすい傾向があります。また、季節の変わり目の気圧や気温の変動が大きい時期にも起こりやすいようです。
発症直後から重度の意識障害や呼吸障害を呈する場合がある一方で、頭痛を感じながらも日常生活を営める程度のこともあります。比較的軽症の場合、内科クリニックを受診して頭痛薬を処方されて帰宅するケースもあり、くも膜下出血が見逃されてしまいます。ところが、くも膜下出血発症24時間以内、特に最初の6時間以内は再破裂の危険性が非常に高いといえ、再破裂は脳全体にダメージを与え、予後を悪化させる可能性があります。そのため、くも膜下出血は絶対に見逃されることがあってはならず、発症後速やかに再破裂防止のための適切な治療を開始することが重要です。
5. 診断
- • CT:感度95%以上、発祥6時間以内ではほとんどの症例で検出可能
- • MRI:CTでは検出不可能な微量出血や時間が経った出血を検出可能
- • 腰椎穿刺:CTでは検出不可能だが臨床的にくも膜下出血の疑いがある時に施行
- • 3D-CTA:出血確認後、造影剤を用いて動脈瘤を検索
- • 脳血管造影(DSA):造影剤を使用して、動脈瘤の詳細確認、治療計画に有用
6. 治療
くも膜下出血の治療は、再破裂予防+脳血管攣縮予防+合併症管理を目的とします。
脳動脈瘤の治療
開頭クリッピング術
全身麻酔下に開頭を行い、手術用顕微鏡下にで動脈瘤頸部をクリップで閉鎖し、
再出血予防、動脈瘤内血流遮断を行う治療法
基本手順
① 全身麻酔導入・体位固定
② 開頭・硬膜切開
③ 動脈瘤の同定と展開 :手術用顕微鏡下に脳のわずかな隙間を広げていき、動脈瘤を露出させる
④ 穿通枝の確認と温存:動脈瘤の展開中に穿通枝を慎重に剥離・確認。過度な牽引や吸引で損傷しないように注意
⑤ クリッピング:動脈瘤の頸部(ネック)にチタン性クリップをかけて血流遮断、親動脈・穿通枝を温存
⑥ 閉創
合併症
① 術中破裂:脳動脈瘤操作中に再破裂を起こしうる
② 脳梗塞:穿通枝や主幹動脈の損傷、術中一時的虚血などによる
③ 感染・髄膜炎
④ 神経症状:視神経、嗅神経、動眼神経の損傷で、複視や嗅覚障害等が生じる
血管内治療(コイル塞栓術)
全身麻酔下に開頭を行い、手術用顕微鏡下にで動脈瘤頸部をクリップで閉鎖し、再出血予防、動脈瘤内血流遮断を行う治療法
基本手順
① 全身麻酔導入・体位固定
② 開頭・硬膜切開
③ 動脈瘤の同定と展開 :手術用顕微鏡下に脳のわずかな隙間を広げていき、動脈瘤を露出させる
④ 穿通枝の確認と温存:動脈瘤の展開中に穿通枝を慎重に剥離・確認。過度な牽引や吸引で損傷しないように注意
⑤ クリッピング:動脈瘤の頸部(ネック)にチタン性クリップをかけて血流遮断、親動脈・穿通枝を温存
⑥ 閉創
合併症
① 術中破裂:脳動脈瘤操作中に再破裂を起こしうる
② 脳梗塞:穿通枝や主幹動脈の損傷、術中一時的虚血などによる
③ 感染・髄膜炎
④ 神経症状:視神経、嗅神経、動眼神経の損傷で、複視や嗅覚障害等が生じる
血管内治療(コイル塞栓術)
カテーテルを用いて動脈瘤内にプラチナコイルを充填し、血流を遮断することで破裂や再出血を予防する血管内手術です。1990年代以降、開頭クリッピング術より低侵襲な治療法として確立されており、高齢者や合併症を有する方に対応しやすいと言えます。しかしながら全例に可能なわけではなく、動脈瘤の部位やサイズ、形状、合併する脳内血腫の有無等により、コイル塞栓術の適応について判断します。
基本手順
① 原則、全身麻酔下で施行
② 通常、大腿動脈よりシース挿入
③ 誘導カテーテル→マイクロカテーテルを動脈瘤内に誘導
④ プラチナ製コイルを順次挿入し、動脈瘤内を充填
⑤ 必要に応じて、ステント・バルーンでアシストしてコイルを留置
⑥ 術後の血流評価(DSA、MRI・MRA)
⑦ 抗血小板剤投与
術中合併症
① 動脈瘤破裂(穿孔、カテーテル操作中)
② 血栓塞栓症:親動脈閉塞、末梢血管塞栓
③ コイル逸脱:瘤外へ逸脱
④ ステント留置後の血栓形成:抗血小板剤2剤管理
術後合併症
① 再開通・再発動脈瘤:特にネックの広い動脈瘤やコイル充填が不十分なとき
② 抗血小板剤による出血合併症
脳血管攣縮の予防・治療
手術によって破裂動脈瘤を止血できたからといって、安心はできません。くも膜下出血により血液が脳槽にたまることで、脳動脈が収縮する「脳血管攣縮」という重大な合併症が起こることがあります。動脈が過度に収縮すると脳血流が低下し、脳梗塞を引き起こす危険性が生じます。くも膜下出血発症後4日〜14日に好発し、発症頻度は30~70%、そのうち20~30%が脳梗塞に進行し、最重症例では致死的虚血となり得ます。
この脳血管攣縮は、再出血と並ぶくも膜下出血のリスク因子であり、慎重な管理が不可欠です。決して油断ではできません。
診断
- 臨床症状:新たな神経脱落症状(片麻痺、失語、意識低下など)
- 経頭蓋ドップラーエコー(TCD):超音波を利用して脳血管の血流速度を測定します。血管収縮により血流速度が速くなるため、攣縮の程度を評価できます。(中大脳動脈で平均血流速度120〜200cm/sec以上が目安)
- 3D-CTA・脳血管造影(DSA)・MRA:脳血管の状態を評価できます
予防的管理
- 血圧管理:血圧を高めに維持
- 輸液管理:適正な循環血液量の維持(過剰液は心不全や肺水腫のリスク、過小補液は攣縮悪化につながる)
- 血液濃度管理:輸血による貧血の是正
- 攣縮予防薬の投与:塩酸ファスジル、オザグレルナトリウムなど
治療的介入(攣縮発症後)
- 血管内治療:薬物治療抵抗性の場合、バルーン血管形成術、血管拡張薬の局所動注を行う
水頭症の治療
脳血管攣縮を乗り越えた後、次に起こりうる合併症は「水頭症」です。くも膜下出血により、くも膜下腔や脳室内に血液が流入・貯留し、脳脊髄液が汚染されてしまうと、脳脊髄液の循環や吸収経路が障害されます。これにより、脳室内に脳脊髄液が溜まった状態となり脳室が拡大します。くも膜下出血発症2週間〜3ヶ月以降に、約20~30%の頻度で発症します。
診断
- CT・MRIで脳室拡大を認める
- 臨床症状:意識障害、失見当識、尿失禁、歩行障害
- 慢性期では腰椎穿刺による症状改善の確認が診断に有用
治療
- 脳室腹腔シャント術(V-Pシャント):シャントシステムは圧調整バルブにより、脳室内の圧を調整することができます。シャントシステムを介して、脳室内の過剰な脳脊髄液を腹腔内へ流します
合併症
- シャント機能不全:ドレーンの閉塞等で機能しなくなる状態
- シャント感染:シャントシステムに細菌感染を起こした状態
- 過剰ドレナージ:脳脊髄液を引きすぎた状態
※シャントシステムが留置されている限り、合併症のリスクがあるため慎重な観察を継続する必要があります。